王の双剣


コンコンと規則的に叩かれた扉。一瞥を投げ、入れと静かに告げればゆっくりと扉は開かれた。
俺は書面に視線を落としたまま口を開く。

「中々に面白い演出だった」

コツ、コツとゆっくり近付いてくる足音と気配は二つ。

「楽しんで頂けましたか?」

「そりゃ光栄だ」

返って来た返事に微かに口元を緩ませ笑う。

「まさかお前まで動くとはな。…その力、隠していたな?」

俺の座る席の前、机を間に挟んで正面に立った二人のうち片方の男は謙遜するように言いながらも口角を吊り上げた。

「まさか。隠してたわけじゃねぇ。俺が出ばるまでもなくアンタが学園を締めてた。ただ単に使う機会がなかった、それだけのことだ」

「それだけ貴方の存在が大きいということです」

そこで俺はようやく書面から視線を離し、正面に立つ男達へと目を向けた。

一人はきっちりとネクタイを絞め、模範の様に制服を身につけた黒髪に涼やかな漆黒の双眸。風紀の頂点に立つ男、旗屋 斎(ハタヤ イツキ)。三年A組。

もう一人は旗屋とは真逆で適度に着崩した制服。寛げた胸元には銀のネックレス、耳にはピアス。茶色に染められた髪に、俺を見下ろす瞳はダークブラウン。学園内外の問題児、不良達を率いる男、飛鷹 誉(ヒダカ ホマレ)。三年F組。

「なんであれご苦労だった、旗屋、飛鷹」

そして、俺が生徒の頂点に立つ生徒会長の龍ヶ峰 狼(リュウガミネ ロウ)。三年S組。

「労わられる程のことでもありません」

「そうだぜ。俺達が好きでやったことだ」

本心からそう告げていると分かる真摯な眼差しは実に好ましく、俺は口端を吊り上げる。

「そうだな…」

それでも働いた分の対価は必要だろう?

パタリと手にしていたペンを置き、指先で己の唇に触れる。
巧妙に隠された熱い視線と、隠すことなく向けられる熱い眼差しに喉の奥で笑って…俺は二人と視線を絡めた。

「褒美は…何が欲しい?」







ことの発端は二ヶ月前。
この学園に投じられた小石が、大きな波紋を生み、周囲を呑み込んだことから始まった。

時期外れの転入生、その名を空川 友春(ソラカワ トモハル)
男にしては可愛らしい顔立ちの、見るからに甘やかされて育ちました的な、俺の一番嫌いな人種。

他人の領域に無遠慮に踏み込み、偽善を翳す。自分が正義だと信じて疑わない、それが空川 友春だった。

そんな一種の自己中野郎に俺以外の生徒会役員は落ちていった。
奴等は空川の汚れを知らない真っ直ぐなところに惹かれたのだろう、俺には理解できないことだが。
そもそも大企業や財閥の子息として生まれた以上、綺麗な世界だけを見て現実を回せるわけがない。

誰しも差はあれど生きていく上で汚さは必要だ。

光に目が眩んだ奴等は四六時中空川といる為に生徒会業務を疎かにし始めた。

終いには空川を生徒会室に連れ込み、ぎゃあぎゃあと煩いことこの上ない。何度息の根を止めてやろうと思った事か。

「あっ、狼!お前もこっち来いよ!仕事ばっかしてないで一緒に話そうぜ」

誰のせいで俺が仕事に追われていると思っているんだコイツは。
俺は話し掛けてきた空川に冷ややかな眼差しを向け、その後ろからこちらを伺うように見てきた生徒会役員に向けて言い放つ。

「黙れ。誰がお前に名前で呼ぶ事を許した?そもそもここはお前らの様な奴が来る場所じゃない。さっさと失せろ」

「なっ!?何だよそれ!俺はただ…」

カッと顔を真っ赤に染めて言い返してきた空川に嘲笑が浮かぶ。

「ただ、何だ?口先だけの偽善者が。お前がここへ来て何をした?人の邪魔しかしてないだろう」

役立たずの役員共々さっさと俺の前から消えろ。

元から鋭い眼差しを更に研ぎ澄ませ空川に向ける。

「………っ」

「ちょっと、いくら会長でもそれは言い過ぎではありませんか」

怯んだ空川に代わり、副会長が若干顔色を悪くしつつも前へ出て庇う。

「そうだよ、友春は会長の事を思って!」

それに会計と書記が口を揃えて囀ずる。

「はっ、馬鹿馬鹿しい。そう思うなら二度と俺の前に姿を見せるな。視界に入るな。お前らもだ」

「っ、何でそんなこと言うんだよ!俺はともかく、こいつらは友達だろ!」

気を取り直したのか噛み付いてきた空川に、もはや俺は侮蔑の眼差ししか向けられなかった。

「いつ俺が役員共を友人だと言った?」

俺にも友人を選ぶ権利はある。
ソイツらは別に俺の友人でもなんでもない。
学内の人気投票で選ばれたただの同期だ。







そんなことがあった翌日から奴等は生徒会室には近寄りさえもしなくなった。

「やっと静かになったか」

だが、それで仕事量が減るわけでも無く、俺はここ二ヶ月ずっと授業にも出ず、一人で生徒会に回される書類を処理していた。

たかが転入生一人の為に生徒会業務を滞らせるわけにはいかない。
今期の生徒会は駄目だ、などと周りから軽んじられる事は俺のプライドが許さなかった。

微かに痛む目元を指で押し、机に積まれた書類に手を伸ばす。

「…やるか」

目元から指を離して、ペンスタンドに立つペンを手にとった。



◇◆◇



その余波は同時にここ、風紀室にも届いていた。

机上に乗せられた、三ヶ月前よりも格段に増えた書類の山。その大半は一般生徒からの被害届け。

「またですか」

その山を睨み付ける様に冷ややかで低い声が部屋に落ちた。

「い、委員長…」

その冷やかな声音に、室内に居た者達は震え上がる。

「前々から使えない奴等だとは思っていましたが、ここまでとは」

嘲るように唇を歪ませたその人、旗屋 斎は時期外れの転入生とその取り巻きを思い浮かべて席を立った。

「少し出てきます」

「はっ、はい」

次から次へと持ち込まれる、転入生を中心とした問題に風紀は今日も忙しなく動いていた。



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